2017年3月13日月曜日

スティーヴン・ミルハウザー『ナイフ投げ師』

この一編を読む事が出来ただけでもう、十分満足、の連続。迷路のよう。中々抜け出せぬが故に魅惑的な。幾度となく体験して来た、けれど逐一拾い上げる事も、言葉で象る事もせず、その正体を、形を、曖昧なままにして来たような類の、感覚や心地。或いは、それ等を丹念に検証する事で、熱心に掘り下げて行く事で、通過し、到達する領域。果ての見えぬ暗がりを、どこまでも降りて行き。彷徨い、見失い、また昇り、また下がり。行き着く所まで行ってしまい、可笑しくて、複雑で、哀しくて、不可思議であるそこで。出会う。遭遇する。奇妙な邂逅を果たす。それは何とも癖になる楽しさ。もっと見せて欲しい、となる。もっと連れて行って欲しい、となる。

以下その内の二編の記録。

「夜の姉妹団」
未知の事柄に対する仕打ちの、理不尽さにげんなり。すぐに名付けようとする。決め付けようとする。自分達の知っている事柄の中に、収めようとする。片付けようとする。無理解に、無神経に、安易に。口をこじ開けようとする。自分達にはわかり得ぬ沈黙に対し。乱暴に干渉しようとする。
姉妹団は理解して欲しくなどないのだ。見られたくもないし、話したくもないのだ。

「新自動人形劇場」
かつて飽きる事なく求め続け、夢中になっていた快楽が、その台頭によって、色を失い、最早高揚と不安を鎮める安堵の対象と化す程に、不穏で、危うい、新たな快楽の出現。それは無様である事で、見苦しい事で、先の快楽を残酷に否定する類のもの。至高であると、熱心に信奉し続けた快楽への、憧憬を揺るがすもの。よく見知ったものの、未知の領域を目の当たりにすると言う居心地の悪さにも似た。そこでは自身の持つ何もかもが通用しない事を思い知る怖さにも似た。不安で、腹立たしく、けれど一度知ってしまってはもう、二度と元には戻れぬ類のもの。

その他…「協会の夢」や「パラダイス・パーク」も大変よかった。行ける所まで行くと言うか、どこまでも行こうとする。探る方もまた戸惑いつつ慎重に疑いつつ、けれど迷い込む。未知へと誘われ、不安と時に憤りを覚えつつ、けれど夢中になる。病みつきになる。最早再び潜り込む為に、地上へと戻って行く有様。


ナイフ投げ師
ナイフ投げ師
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