言葉にする事で夢を本物にする、と言った風であり。厚く、濃艶な靄で包み、繋ぎ目なく夢を本物にしてしまう、と言った風。何もかもを自身の美の世界に相応しい、本物に。森茉莉の美の世界は言葉によって完成する。
一瞬で飛ぶ。目の前の現実が。読めば一瞬で夢に迷い込む。それもとびきり妖しくて甘美な夢に。読めば一瞬で幸福に至る。それも際限のない、どこまでも豊かな幸福に。快い気怠さ。包まれ、満たされ、重く、緩やかに、蕩けてしまう。夢心地のまま。喜びに在るまま。
けれど今回は「夏と私」や「真直ぐの道」の異質さが印象深い。その靄、夢や思いをくるむ靄の薄さ、儚さ…靄がくるむ思い自体の、苦しみであれば深刻さが、或いは幸福であれば綺麗さが、淡く浮き出てしまう程に、靄が薄く、儚い事。また、靄より浮き出た思いの方…苦しみや幸福が、深刻であり、或いは綺麗であり、驚く程静かなものであった事が、とても寂しく、哀しい事であるように感じられ、妙に印象深い。
森 茉莉
筑摩書房
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