2017年8月25日金曜日

多和田葉子『献灯使』

自分の知る普通はもう、そこでは通用しないらしい。自分の信じる確かも、当然も、そこにはもう、存在しないらしい。急速に崩れ、うやむやになり、やがて本当に消え失せてしまったらしい。すべてあの時を境に。自分もそこでは、死ねないまま生き続ける事になるのだろうか、と思う。
消え失せた言葉を、基準を。あまりにも遠いかつてを。胸中に隠し持ったまま、生き続けるのではないか、と。もう通用しないとしても。もう二度と使う事がないとしても。今となっては疑わしく、ひどく曖昧で、頼りないものであるとしても。馴染み過ぎたそれらを、完全には捨ててしまう事が出来ない為に。ふにゃふにゃになってしまう事も、立ち止まる事も出来ず、悲しいまま、やり切れぬまま、呪いのように生き続ける事になるのではないか、と。



献灯使 (講談社文庫)
献灯使 (講談社文庫)
posted with amazlet at 17.08.25
多和田 葉子
講談社 (2017-08-09)
売り上げランキング: 127,330