2017年9月10日日曜日

金井美恵子『カストロの尻』

夢のように、流れ込んで来る。色も、熱も、手触りも、匂いも。夢のように、流れ込んで来る。イメージの奔流。感覚の奔流。その一つ一つを区別する輪郭はなく、混ざり合い、溶け合い。夢のように、流れ込んで来る。いつの間にか、運ばれている。夢のように、私は運ばれて行く。夢の中のように、私はそれらを生き。鮮烈に体験する。
目が覚めてしまえば最早。明確に思い出す事など出来るはずのない、夢のように。鮮烈に残り続けるもの。確かに見たのだと言う。その光景を。その時間を。確かに生きたのだと言う、感覚として。鮮烈に残り続ける、夢のようなもの。自分自身の記憶として。鮮烈に残り続け、やがて埋もれ行くもの。埋もれ、持ち主にさえ忘れ去られ、けれど決して、滅びる事のないもの。再び出会えば自然と、自分自身の意思とは無関係に込み上げて来る。厄介で、手強くて、甘美な、夢のようなもの。
繰り返し繰り返し、反芻する。読む事の喜びを際限なく引き出され続ける唯一無二の。至福。すべてはその言葉の強靭さ故に叶う。表すため。再現するため。確かめるため。繊細に、繊細に、重ね、連ね。間隙なく、緩みなく織り込まれて行く、その言葉の強靭さ故に。



カストロの尻
カストロの尻
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金井 美恵子
新潮社
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