2017年11月19日日曜日

武田百合子『あの頃 単行本未収録エッセイ集』

くすんだ色。緩やかに揺蕩っている。淋しさのようなもの。戻れなさのようなもの。わからなさのようなもの。夫が死に。体の中の蝶番がはずれてしまっているのだ、と言う。いなくなると言う事。追いつけず、慣れ難い。今はもういないと言う不思議、違和感。
沢山のものが、ある。色も、匂いも、味も、音も、形も、温度も、風合いも、気配も、雰囲気も、感じも、楽しさも、可笑しさも、悲しみも、寂しさも。みな当然のように、静かに、ある。みな当たり前のように、ぼんやりと、けれど濃密に、生きている。沢山のものが、当然の力強さで、存在する情景。読む事で自分もまたそこに、その沢山の中に溶け込んで行く事の気持ちのよさ…。
やはり武田百合子の文章は素晴らしく、最高であるなあと思う。見方、見え方。言葉、言葉の選び方。正否や善し悪しと言ったもののなさ。鮮やかな好き嫌い。立ち昇って来るもの。漂っているもの。溜まって行くもの。沈殿して行くもの。全部好き。色や形や匂いや音や手触り、自らが感じたものを言葉にする事への拘り。とても真面目に、入念に言葉にする人であったのだなあと思う。 読み終えてしまった。いいものを読んだなあと思う。よかった。読んでよかった。読む事が出来てよかった。しんから思う。しんから溢れ、嬉しくなる。


あの頃 - 単行本未収録エッセイ集
武田 百合子
中央公論新社
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