金井美恵子『柔らかい土をふんで、』の記録、再び

快く、気怠く、息苦しくて乱れる。呼吸も、調子も、循環も。上手くいかなくなる。なぞられ、触られ、撫でられ、くすぐられ。甘やかに、柔らかに、物憂げに、高慢に。煽られ、挑発され、騙され、裏切られ、追い詰められ、高められ。心地よく、むず痒く、おかしく、受け止め切れず。気を失いそうになる。溺れてしまいそうになる。
温かな水。温かなうねり。すっかりふやけてしまう。夢中で浸かり続けていた為に。陶然と運ばれ続けていた為に。蕩けてしまう。溶け出してしまう。あまりにも繊細で、鮮烈な快不快を、それも幾度となく。繰り返し繰り返し、体感し続けた為に。あまりにも重く、艶やかな瞬間を、やはり幾度となく。繰り返し繰り返し、生き続けた為に。

〈私はまだ自分が「書きおえていない」という「欲望」にひりひりしていることに、まったく驚いてしまう〉…〈あの、めちゃくちゃに甘美な快楽と疲労と困惑とためらいと絶望と胸のむかつきと息苦しさ、貧しい豊かさと豊かな貧しさが混りあい、記憶が記憶を呼びおこし洪水のようにあふれる言葉の水のなかから浮かびあがって今は束の間の休息のなかにいるはずなのに〉…
熱く、冷たく、温かく、甘く、苦く、酸っぱく、しつこく、生臭く、香しく、黒く、汚く、青く、白く、透き通っていて、濁っていて、熟れていて、腐り始めていて、滅びていて、呼吸していて、柔らかで、しなやかで、湿っていて、溢れそうで、ねばねばとしていて、ぬめぬめと、まとわりついてきて、絡みついてきて、艶めかしくて、愚かで、切実で、必死で、楽しくて、幸福で、苦しくて、滑稽で、淫らで、醜くて、美しくて、気持ち悪くて、気持ち良い。そのすべて。立ち上がり、立ちのぼり、滴り落ち、繋がり、連なり、散らばり、広がり、広がり行き、膨らみ、高まり行き、際限なく、続いて行く。尽きることなく、続いて行く。
際限なく、引き出されて行く。尽きることなく、引き出されて行く。唯一無二の喜びの記録。

柔らかい土をふんで、 (河出文庫)

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金井 美恵子
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