2018年4月12日木曜日

金井美恵子『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ』の記録、今

〈…そういったすべてのことから、そうした、すべての、夢見られた、夢見られて甘美な暗さをたたえている--鮮やかな曖昧さと、きらきらと揺れながら木もれ日のように心地良くふりそそぐ光と一体化した風の中で、満ちたりてゆっくりと内側からあたたかく何かがわいてあふれるように広がる幸福感のせいで、ゆっくりと我を忘れて微笑みながら同時に暗闇のなかに広がる死について考えること、いや、そうではなく、そのようにして死を生きること--記憶から私は見離されて老いて行くことになる。〉

初めて読んだ時よりも、今の方が面白い。読む喜びは今の方が、強く色濃い。生きる事で、多くの瞬間を、感覚を、情景を、生き、体験し、知ることで、より面白くなって行く。この先も更に面白くなって行くのだ。やはり自分は金井美恵子を読むために生きているのだと思う。
生きて行く事で。読む事で引き出されて行くものを増やして行くと言うべきか。生きて行く事でそれは増えて行くもの。知る事で、体験する事で、それは増えて行くもの。引き出されると言うその甘美さ。読む事で引き出されるものを増やすために、その甘美な喜びのために、自分は読み、話をし、話を聞き、出かけ、眺め、捉え、拵え、作り、味わい、飲み込み、触り、感じ、生きて行く。
その言葉、その文章の。その連なりの、その繋がりの。その重なりの。その目の。細かさよ、緻密さよ。間隙のなさよ。光沢よ。その光沢の美しさよ。素晴らしさよ。滑らかさよ。ほつれる事のない。ほどける事のない。綻びる事のない。破ける事のない。その強靭さよ。手強さよ。際限のなさよ。尽きる事のなさよ。
それは至福。291ページ目の。そのすべてを自分は貪る。そのすべてを吸収し尽くすために。その吸収し尽くせない事を思い知るために。繰り返し、繰り返し、生き直す。生き直し続ける。溶け合うそれを。順序を失い。輪郭を失い。正確さを失い。鮮やかさを増し。もつれ合い、絡み合い、混ざり合う記憶を。混ざり合う私を。混ざり合う情景を、物語を。〈正式な説明とは別の知らせるには早すぎる秘密に属している隠し事〉を、〈何気ないお喋りのなかで、ぽつぽつと断続的に無防備に(あるいは、無防備を装って意識的に漏らされたのかもしれない。きれぎれに漏らされるものがたりの断片と断片をつなぎあわせて、私が一つのあやふやでありふれたものがたりを作りあげることが出来るように)語られる言葉〉によって知っていた時間を。ひどく不穏で、不明瞭で、曖昧な今を。不意に甦る感覚を。繰り返し、繰り返し、生き直し続ける。



ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ
金井 美恵子
新潮社
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