2019年3月23日土曜日

アンナ・カヴァン『氷』2019年の記録

狭く、冷たく、閉塞的。彼女は常に、囚われ続けている。彼女は常に、脅かされ続けている。逃げ場のなさ。逃げようのなさ。安らげる場所の、縋るもののなさ。注がれ続けるその眼差しも、言葉も、決して彼女を救い出すためのものではない。彼女を今一度閉じ込め、支配しようとするもののそれでしかない。彼女を見下し、否定し、身勝手で、残忍で、歪んだ夢を見るものの。
氷はただ美しく、無慈悲に、凄絶にすべてを覆い尽くして行くのみ。終焉へと向かう世界の凄惨な様相、醜悪なそれらは人々が自ら曝け出したもの。避けられぬ滅びと退廃に際立つ彼女の白さ、脆さ…。彼女を追い詰め、苛み続けるもの達の目に、その姿は随分と蠱惑的に、官能的に映る。氷の脅威と共に、悪意の蔓延と共に、彼等は自らの欲望を、夢を、幻を、より甘美に、惨たらしいものへと歪めて行くかのよう。
明確な区切りを持たぬ現実と幻…自らの抱く欲望を、当然のものであるかのように、自らの行為を、怒りを、苛立ちを、正当化するかのように、身勝手に、自分本位に、彼女を見つめる眼差しの、彼女を語る言葉の、不明瞭さ、疑わしさ。強く、切実で、執拗で、強迫観念のように、根深く、重い、その欲望の。彼等自身も、本当はわかっている。自らの危うさを。自らが本当は、彼女から目を背け続けている事を。彼女にとって、どれだけ恐ろしい存在であったか。どれだけ残酷で、理解し得ぬ存在であったか。抗う方法を持たぬ、自分の求めるべきものさえわからぬ彼女の、その悲痛な叫びだけが、唯一、鋭く、鮮烈に響く。確かさを持ち、実体を持ち、唯一、生々しく、痛切に響く。



氷 (ちくま文庫)
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アンナ カヴァン
筑摩書房
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