2019年11月30日土曜日

高橋たか子『誘惑者』

自らの内に、深く深く広がっているもの。自らにさえ届かぬ奥底、深みに溜まっているもの。溢れ出で、不意に押し寄せて来るもの。暗く、厚く、重く。恐れている。戸惑っている。知ろうとしている。掴もうとしている。探っている。囚われ、模索し続けている。自分と言うもの。不可知の自分。自らの知らぬ自分。ただそれにのみ抱く、貪欲な熱さと関心を以って。内をのみ、見ている。内にのみ、向いている。内にのみ、降りて行く。自覚し得ぬまま他者を誘い、追い詰める、その無尽蔵さ。無辺際の広がり。降りて行く。どこまでも降りて行く。今までの、すべてを測り得ていた世界を越え。自らが決めるものではない世界へ。繰り返し誘い。見届けるために。見尽くすために。知りたいと欲するが故に。目を背けぬが故に、越える。
濃い。とても濃い。恐れも、戸惑いも、執着も、関心も、熱も、闇も、暗さも、広がりも、快も、不快も、不穏さも。執拗に、濃密に、けれど冷静に描かれる。自らと言うもの、不可知の自ら、自らにさえわかり得ぬ深みにあるものを知ろうと、模索し続ける精神の、その様相を書き尽くす言葉の豊穣さ。官能的でさえある。



生への無関心。死への親しみ。内をのみ、見ている。内にのみ、降りて行く。内にあるものをのみ、恐れている。奥へ、底へ、無辺際に広がる自らの内部へのみ、その関心は向いている。暗く、強く、貪欲で、執拗な、関心。溜まって行く。溜まっている。何もかも、そこへ落ちて行く。はかり知れぬ暗がり。不可知の自分。自分の知らぬ自分。自らの内であるのに、自らにさえ操り得ぬ領域の存在。掴み得ぬもの。はかりきれぬもの。自覚し得ぬまま、掴み得ぬまま、誘い、最後まで、見届ける事で。繰り返す事で。恐ろしくなるほどに、目を向け続けている。直視し続けている。
こんなに面白かったか?と思うぐらい、いい。後々の作品は、答えであるな、とも思う。これは過程であると思う。見尽くそうと潜り続ける。只中。また土地土地の表現がいい。凄まじさ、暗さ、深さ、不穏さ、手強さ、非情さ…多くを含み、凌駕し、手に負えず、逆えず、不気味に、黒々と、象徴めいている。


誘惑者 (講談社文芸文庫)
誘惑者 (講談社文芸文庫)
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高橋 たか子
講談社
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