2020年1月25日土曜日

泉鏡花『夜叉ヶ池・天守物語』

夢幻に属し、高みに棲まう、人ならざるもの達の、この世ならざる世界の美しさ…。幽界の、妖たちの。人を、現を、超える事でのみ、脱する事でのみ、到達し得るような。驚くほどの、出会えば黙するほかないほどの、気圧され、見惚れ、心奪われるほかないほどの、幽玄な美しさ…。
そして高みより見下ろし臨む、人界の醜い事、愚かしい事…。幽界に属する、或いは幽界にこそ近しいものの目に映る、現の酷い事、耐え難い事…。美はやはり、ことごとく現を離れ、高みへ。下界になど、とどまる理由もなく、また到底存在し得ない。魂ごと超える。魂ごとそちらへ。この世ならざるそこでのみ、煌めく。
境目としての、境界線としての、水であり、天守。明らかに、残酷なまでに、隔てている。人界と異界を。人と妖を。醜と美を。一度でも超え、目の当たりにしてしまえば、その優艶さを知ってしまえば、もう戻れはしない。迷いなく、美へ、そちらへ。滅びと言う大団円。現を飲み込み、幽界はいよいよ輝く。



夜叉ヶ池・天守物語 (岩波文庫)
泉 鏡花
岩波書店
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