2022年12月16日金曜日

澁澤龍彦『幻想の画廊から』

〈わたしは、自分がなぜこれほどスワンベルクの絵に惹きつけられるのか、その理由をはっきり説明することはできないけれども、たぶん、わたしの精神の傾向や気質と密接に結びついたもろもろの表象が、この倒錯的な美を夢みる画家の画面に、ふんだんに発見されるからであろうと思う。〉…で、あるとするならば、この本を読むことは、すなわち、ここにある作品なり画家なり言葉なりのすべてを蒐集(それも偏愛することの暗さと密やかさを以って…)した著者、〈幻想の画廊〉の主その人を読むことでもあるだろう。すべてなどでは決してなく、ほんの一部分に過ぎない、断片のような、けれどわかち難くその人に結びついていて、それを抜きにしてはその存在が成立し得ぬような、夢や欲望や執着や快楽や〈甘い戦慄〉を読むことであろう。〈目ざめる瞬間、その克明な細部をあらかた忘れてしまうのを常とする茫漠とした夢の世界〉を、〈隠された真実〉を、〈極致〉を、少女の〈野獣のような脂っこい生命力〉と〈腐敗と死の魅力〉を、〈アリスの苛立ち〉を、〈断絶と不在の感覚〉を、〈宇宙の胎と呼ばれるべきもの〉を、〈一個の物体のイメージのなかに、ふくれあがる小宇宙と収縮する大宇宙とを同時に表現する、一種の新らしい遠近法〉を〈そのような角度から追求され表現された自然の姿〉を、かの〈月の精の画家〉〈神の香具師〉を、〈広漠たる無限感の表出〉と〈それに相反するかのようなトリヴィアリズムへの耽溺〉を、〈奇妙に腐蝕的な暗黒の詩情〉を、〈自然のあらわす幾何学的精神〉に対する〈讃嘆〉を、〈破壊〉を、〈重苦しく神経質な、偏執狂的な壮大な幻想〉を、〈夜の神話の密室〉を、〈人形愛〉を、或いはそのすべて、愛するようにして語られるそのすべてを読むということ。すなわち、〈幻想の画廊〉の主その人を読むことの、暗く、淫蕩な喜び。