2023年7月2日日曜日

金井美恵子『道化師の恋』いくどめかの感想

何回読んでも楽しい。その批評性とか時代感覚や日常感覚の敏感さとかさまざまな言説や書かれた言葉や細かで具体的な物や人や情景の集積であると言うか魅惑的なスクラップブック感とか当て擦りの的確さとか諸々思い知らされて笑ってしまう痛快さとか、読む楽しさでいっぱい。登場人物なんて誰ひとり好きではないのに、好きでもないその人たちの生きている"今"というものを濃密に生きさせられると言うのに、何度読んでも面白いのがすごい。ちらっと出る『タマや』勢は別です。いつ読んでも楽しいし、読むたび楽しいのだけれども、このシリーズを自分の生きる"今"として感じてみたかったと言うか、このシリーズが書かれたその時分に読みたかったなあとも思う。
 たくさんの本や文章や映画や人や仕草や習慣や匂いや服や食べ物や、滑稽なものやおかしなものや鬱陶しいものや差異や伝わらなさやうんざりするものや好きなものや嫌いなものや楽しみや退屈なものや馬鹿馬鹿しいもの、などといった、そこかしこにあったりありふれていたり珍しかったりするそれらのコレクション。金井美恵子の言葉はそれらを強烈に生きさせる。鬱陶しさやうんざりすると言った感覚や滑稽さなどは特に、濃密に生きさせる。快楽とはまた違った鮮やかさを以って、活き活きと読む者に生きさせる。小説を読むことと書くことにまつわる言説のコレクション。小説を読むことの、読み方の、読まれ方の、読まないことの言説のコレクション、小説を書くことに対する言説のコレクション。とかくこの世はままならぬよ。〈…木の種類によって微妙に違う様々な緑の葉がきらきら光り、丘の斜面の草やシダの上で木もれ日が踊るように姿を変え、光の斑点がふるえ、湿った土の匂いと植物の匂いと水の匂いがあたりにたちこめ、水の流れる柔らかなTとRとPの音の連続が響き…〉金井美恵子の光や水や夏を読むという官能的な喜びも、そこには当然ある。

 傍点の優雅さ鮮やかさを楽しむ。辛辣で的確な傍点。巧みに埋め込まれている引用の言葉こそが、或いはその言葉に振られた傍点こそが、浮かび上がらせる。如何に馬鹿馬鹿しくて愚かしいか、如何にありふれているか、如何にずれていて鈍化しているか。笑ってしまうほどに、思い知らされる。