起伏に乏しいが故に、滑らかな美しさを放つ言葉は、それらの身近さ、何気なさを忠実に象るかのように、隙がなく、どこまでも端正なまま。淡々とした筆致でありながら、しかし、それぞれが営む生活の様相は、時に執拗とさえ感じられるほど、細やかに記されている。
硬質な日々に潜む暗がりの、音もなく紛れ込む異質なものたちの、言いようのない、不気味さ。人々が遭遇する、奇妙な出来事の数々は、描かれる日常が穏やかなものであるほど、足早に過ぎ去って行く、何気ないものであるほど、より妖しさを増し、より不穏な違和感をもって、彼等に肉迫する。
不意に現れた不可解な陰影への耽溺。あくまでもそれは、それぞれの現実というものの内部にて実行される、個人的な色合いを帯びたもの。鋭い狂気ではなく、人々のまともさ、正常さによって彩られているからこそ、密やかな胸の愉悦は、思い掛けぬ官能を秘めた一幕として、冷たく、艶やかな印象を残す。