彼女が手紙に記した言葉。愛する男の心を燃やし続ける為に用いられた言葉は、甘やかな夢が覚めた後、自らを、決して綺麗なものではない現実へと縛り付ける、残酷な誓約に変わる。誓約を守り続けることこそが、男、夫に対する愛の証であると、痛みも、哀しみも、すべてを一人で抱え、ただひたすらに、愛に己が身を尽くすことを、彼女は自らに強いた。
愚かしい愛の為に、愛の証である言葉の為に、苦しみ、追い詰められ、弱って行くばかりの現実。もどかしく、痛ましいが、目を背けることが出来ない、いじらしい、懸命さがある。だがその懸命さ故、彼女は夫との生活がこれからも続くという、本来喜ぶべきものであったはずの確信に落胆する、自らの本心を恐れた。かつて放った言葉たちが、選び取った現実が、心を壊して行く。その厳格な死を示すことで、彼女に生を与えた、偉大なるものたちの夢。彼女が渇望し続ける、晴れやかな自由は、野蛮と言われ山に生きるものたち、彼等が示した凄惨な死に馳せる、思いの中にしかない。
孤独な生を生き抜く為、我が子にしがみつく危うさ。語り手が怯える過去の姿。思いは共鳴し合い、今と過去、繋がるはずのない時間を結び、混ざり合う時間は、女性たちの生を、その輪郭を、ぼんやりと、照らし出し始める。
突然の喪失、喪失がもたらす変容。幾つもの矛盾。決して昇華されることのない痛み。決して昇華してはいけない、過去の傷として薄れ行くことを許してはいけない痛み。ぐちゃぐちゃに壊れ、かたく閉ざした自らの心の内で、熱い濁流と化した感情の波に溺れる。現実は酷く、彼女たちが生き続けたいと願う限り、どこにも逃げ場はなく、自らの生きるべき場所から、離れることが出来ない。だがそれでもなお、自らの生に縋り付くことを、彼女たちは決してやめはしない。
溢れ出る膿の醜さを憎みながらも、傷口が開いたまま、血を流したまま、孤独を生き続ける生の、あまりに野蛮な美しさ。それは見苦しくて、汚くて、哀しくて、堪らなく愛おしい、生への渇望。彼女たちは生きる。懸命に、生き続けた。
苦しみの果てに駆け出した外の眩しさ。誘われるまま駆け出した外は、明るくて、眩しくて、過去と未来の境目を失くした時間は、優しくて、そして喜ばしい。
混ざり合うそれぞれの時間。不意の喪失に奪われた時間、本来歩むべきはずであった時間の中で背負うものの重みは、心地よく、魂に刻まれた傷を、密やかに癒して行く。ようやく手にした自由。女性たちを繋いでいた苦しみは、やがて温かな光となり、そこに集うすべての魂を包み込む。胸いっぱいに広がる安堵。彼女たちを包む光の、その快さに、自分自身もまた、溶かされてしまいたいと、身を浸す。