2015年7月9日木曜日

アナイス・ニン『小鳥たち』

つきまとう陰翳のイメージを払い、濃艶な白さの中で奏でられる歓びの、なんと切実で、伸びやかなことか。言葉はまるで生そのものを象るかのように、綿密にイメージを紡ぐ。艶やかに息づく曲線の滑らかさ。淡く濡れ、熱情に誘う肌の柔らかさ。衝動を奪うよう、色濃く香る匂いの鮮やかさ…
自らの性と、相手のそれを満たすことのほか、そこにはなにもない。愉悦を求め、与えること以外の欲得や思惑はなにも。硬い輪郭を備えた思いの一切を要さぬが故に、濁りは生まれず、貪欲ささえ醜くは映らず、ただ可憐に、ひたむきに光る。 熱く、淫靡にうねる官能の激しさを捉えながら、粘質の痕跡や、汚穢に似た残滓を残す類の陰湿さを持たぬ言葉。ふんわりと舞う羽根のような繊細さをずっと、保ったまま。触れたその場所から、触れたその瞬間から、快い甘さに蕩けて行く。

 胸の悪くなるような、利己的で、身勝手な幻想を用いずに描かれた性と歓び。試みの意外さ、特異さに惹かれて読み始めた作品群ではあったものの、読み終えた今、最も印象深いものは、それまで秘するべきとされてきたものたちを、蠱惑的な暗さの内ではなく、澱みのない白さの中で明らかにする伸びやかさと、それらをまるで生そのものであるかのように象る切実さ。限りなく官能的で、限りなく奔放で…陰湿さや硬さを排し、悦楽の熱さと、悦楽への敬虔さのみを、ただひたすらに。後ろ暗さや躊躇い、(描かれた性の造形、イメージに対する)違和感に戸惑うこともなく、余韻まで、不思議なほど淡く、柔らかい。



小鳥たち
小鳥たち
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アナイス ニン
新潮社
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