2015年9月30日水曜日

『マンスフィールド短編集』雑感

心をとめるものの正体を、一つずつ気付いて行く様を、さり気なく、ささやかであるままに捉え、納得や違和感や歯痒さを、ほのかに、だが受け入れやすい確かさを以って、波及させる。その心地よさ。克明に象るため、思いそのものと化すまで、思いの持つ力や魅力そのままを放つようになるまで、丹念に磨き込まれた言葉がもたらす濃密なそれとは別の。もっと小さく、それ故に馴染み易く、それ故に大切な。
 くっきりと輪郭を刻み込む類の、鮮やかなものではない。何かこう、そこに淡く含まれた思いが滲み出で、肌をつたい、控え目に広がって行くような。何と言うべきなのだろう、絵を読んでいる。生の瞬きを、瑞々しくて、寂しくて、何気なくて、哀しくて、慕わしい、生の瞬きを捉えたスケッチの数々を。読んでいる、見つめている。心を染め変えるよう、波及する感情とともに。その懐かしさ、そのもどかしさ、ささやかなその喜ばしさとともに。

✳︎
幾度となく心をとめとめ、決して止まる事のない生を進むこと。しばしば足並みを揃えずにとまる心は、瞬くような自然さで、身体へと、流れの内へと戻って行くもの。それを知れば知るほど、瞬きの経験を重ねれば重ねるほど、その出会いや邂逅に抱く感慨もまた、より豊かなものになるはず。大人になって後、魅力に気付いた作家の一人…とすれば、この先もっと、好きになって行くのではないか。


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