ここにある小説もやはり、ただ幸福に溺れるようにして読むことを許さない。痛みも苦しみも、あまりにも近しい。幻想を介していてさえ、恐らくは幻想を介しているからこそ、それらはあまりにも近しい。誰にも手折られることなく、或いは誰をも何をも手折ることなく生きて行くことの困難さ。あらゆることに暴力性は潜むかのようだ。何一つ奪うことのない、奪われることのない、透明な交歓をのみ望むこと。肉体を、性を、慣習を、仕組みを、超えて行き、超えて行き、透明と化すまでそうして、抜け出して、かつ生きること。生きて行けるようにと願うこと。憎んで、嫌悪して、〈一つの個体〉として生きて行くために離れた相手とさえ、たった一つの分類によって結びあわされてしまうのだ、その世界では。〈何の悔いもなく君を憎める世界〉であればよかったのに。
言葉はやがて穿つようにして痛切に雪崩れ込む。
奪われることだけではなく、自らが奪うことに対する鋭敏さが、小説を、言葉を、より透明なものに、より張り詰めたものへと高めているように思う。